第5章 29話 仮説と因果関係 【時の輪廻 】

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 俺は谷中銀座から戻り、そのままバイトへ向かった。詩穂さんには露天商がいなかったことを話した。詩穂さんは手掛かりがない事に落胆していた。

 

 バイトが終わり、家に帰り、ベッドで横になっていると机の上に置いてあるスマホから着信メロディーが鳴った。俺はベッドから降り、スマホがある机まで歩いた。

 

 絵理から?

 

 今回、俺は絵理とはまだ会っていない。俺は絵理から電話がくる事自体が、疑問でならなかった。それも、さも当然のごとく登録されていた。ようするに、俺が既に絵理と接触していたという事か。

 

 電話に出ないわけにもいかず、電話に出た。

 

「もしもし?」

 

「もしもし?」

 

 張りのある明るい声が返ってきた。間違いない絵理の声だ。

 

「先輩、電話しても大丈夫でした?」

 

 絵理は申し訳なさそうに声を潜めた。

 

「ああ。今、バイトから帰ってきて、ベッドで横になってたところだから大丈夫だよ。って、何で俺の番号知ってるの?」

 

 俺は一応確認の為に、絵理に聞いた。多分馬鹿にされるんだろうけど。

 

「え? 何を言っているんですか? ボケましたか? 去年の夏ごろに交換したじゃないですか」

 

「そ、そうだっけ」

 

 やっぱり馬鹿にされた。俺は頭を掻いた。詩穂さんと出会ってから、そして、繰り返すたびに、俺の過去は変わってきている。

 

「そうですよ。忘れたんですか? 相変わらず酷い人ですね。私のバイト先のカフェに博人さんの彼女がいて、先輩たちもよく来て、仲良くなったんじゃないですか」

 

 ため息をつくのが聞こえた。

 

「って、そんなことを言うために電話したんじゃないですから」

 

「ごめん。ごめん。それで?」

 

 俺はベッドに腰を掛けた。

 

「博人さんから先輩が学校を休んでるって聞きましたけど、何かあったんですか?」

 

 俺はハハっと笑った。

 

「心配してくれてるんだ」

 

「別に心配なんかしてないんですけど、元気だけが取り柄の人が学校を休むなんて、何か悪いことが起こるんじゃないかとそっちの方が心配なんですよ!」

 

「俺の心配じゃないのかよ」

 

 俺は耳たぶを掻いた。結局心配してくれてるには変わりないか。

 

「で、何かあったんですか? その様子だと風邪とか病気じゃなさそうだし」

 

「……」

 

 俺は今回の件を、絵理に話すかどうか考えた。スピーカーからもしもーしと言う小さな声が聞こえてくる。

 

「わかった。わかった。いいか。疑い深いお前だからこそ、あらかじめ前もって念を押して言っておくけど。絶対疑うなよ?」

 

 俺はそう言うと、唾を飲み込んだ。手に汗が滲んでくる。

 

「……わかりました」

 

 緊張感のない声だ。

 

「絶対わかってないよな?」

 

 俺は思わず笑ってしまった。

 

「わかりましたって。いいから早く話してくださいよ」

 

 絵理は少々苛立っているようだ。

 

「いいか。これから話すことは嘘のようで本当の話しなんだ」

 

「うん。それで? なんですか?」

 

 絵理の唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 

「俺は未来からきた」

 

「はぁ~」

 

 間髪入れず絵理のため息が入る。毎回俺の説明の仕方が下手なんだろうか。確かに未来から来たと言っても。いや、他に良い言い回しが思いつかないんだから仕方がない。

 

「疑うなって言ったよな?」

 

「は、はい」

 

「もう一度言うぞ?」

 

「うん。は、はい。どうぞ?」

 

 絵理は笑いを我慢しているのだろうか。言葉が詰まり気味だった。

 

「俺は未来からきた。10年後の未来からきた」

 

 絵理の大きく膨れ上がった口が破裂したのか、大きな笑い声が聞こえた。

 

「わ、笑うなって」

 

「は、はい。はい。だって、いや、す、すみません」

 

 笑いをこらえている絵理の拍子抜けた声が、どうも調子が狂う。まぁ、この反応が普通なんだと思うが。やっぱり将輝は特別なんだろうな。

 

「いいか? 俺は未来から来た。そして、俺はこの世界が4回目になる」

 

「まじ? ですか?」

 

 どうもまだ笑いを堪えているようだ。でも、俺は続けた。ほぼやけくそに近かった。

 

「ああ。俺は7月15日、絵理がどこに行くのかもわかっている」

 

「え? どこですか?」

 

「東京駅」

 

 しばし沈黙が訪れる。

 

「まじ? なんで?」

 

 さっきまでのニヤニヤした言葉とは裏腹に口調は真剣だった。

 

「1度目、俺は東京駅の地下で地震に襲われた時に、天板の下敷きになったお前を助けている。2度目と3度目は学校の噴水の前のベンチで座っているお前に。4度目はもう既に出会っていたようだな」

 

 俺は続けた。

 

「繰り返すたびにどうやら、過去が変わっているようなんだ。(多分、俺と詩穂さんのせいだろうけど)しかし、7月15日に東京湾を震源とする大地震が来ることは変わらない」

 

「地震? そういやさっきも東京駅でとか」

 

「そう。7月15日に大地震が東京を襲う。俺はその地震で彼女を失った」

 

「え? 葵さんですか?」

 

 とても驚いていたようだ。どうやら葵の事は既に誰かから聞いていたのか、それとも俺自身が話したのか。

 

「そう。俺がいた未来では、葵はあの地震からずっと行方不明なんだよ。死体さえも見つからない」

 

「葵さんが?」

 

「そう。博人も麻美も死んだ。絵理は……わからない」

 

「わ、わからないって、どういうことですか?」

 

「俺はあの時、絵理と出会ってなかったから。だから、生死はわからない。東京の人はほぼ死んでしまったから。もしかしたら、図書館に行けば、そういうリストがあるのかもしれないけど」

 

「……そっか」

 

 非常に落胆した声だった。

 

「前言撤回。こんな話信じられないだろ? 疑ってもいいぜ? それでも、俺を信じてほしいけどね」

 

「う、うん」

 

 力のない声だった。最初に同じような話をした時も、こんな感じだった様な気がした。

 

「でも、何回も繰り返すうちに俺にもわかった事があるんだ」

 

「わかったこと?」

 

「ああ。俺のネックレスを見たことあるだろ?」

 

「え? ネックレス?」

 

 絵理は知らないようだった。俺も言った後に気付いた。

 

「ごめん。そうだ。これはこの前貰ったばかりだから、知らないか」

 

「あ、うん。それで? そのネックレスが?」

 

 絵理が気を利かして聞き返してくれた。

 

「そう。俺の持っているネックレスなんだけど、実はこの前、葵から貰ったもので、葵とお揃いなんだ。と言っても、2つで1つになっている。これが分かった事の1つ目」

 

「2つ目は、月だ。今年の7月15日にスーパームーンが見れるはずだ」

 

「うん。ニュースでもやってますからね」

 

「そう。俺がこっちに来る前の世界。つまり、10年後の未来の7月15日もちょうどスーパームーンが見れる日だった」

 

「つまり?」

 

 絵理がそういうので、俺は答えた。

 

「ネックレスと月に因果関係があるんじゃないかって。まぁ俺たちが導いた一つの仮説だけど。でもそれじゃダメだった」

 

「俺たち?」

 

 絵理は不思議そうに聞いてきた。

 

「ああ。ごめん。俺たちって言うのは、俺と葵と詩穂さんと景さんと麻美だ」

 

「その4人はわかるとして、景さんっていうのは?」

 

「詩穂さんも知ってるのか。景さんは詩穂さんの彼氏だ。俺たちは一度、出会っている。絵理はその時……ちょっと一緒にいなくて。まぁそういう事だ」

 

 俺は絵理が拉致られたなんてとても言えなかった。

 

「それで、俺はこの前、葵からネックレスを貰った時に購入先を聞いた。もしかしたら、このネックレスを売ってる人が何か知っているのかもしれないと思ってね」

 

「まさか、それで?」

 

「そう。学校を休んだのは、葵がネックレスを買ったっていう場所に行ってみたんだ」

 

 絵理は、はいはいと言う感じで「なるほどね」と軽く返してきた。

 

「まぁ、結果的には、そこにはいなかったんだよ」

 

「え?」

 

 絵理の反応は至極当然のものだと思う。俺だって自分が同じ立場だったら当然同じリアクションをしたと思う。

 

「それでその事を将輝にも話したんだよ」

 

「将輝って、あのオカルトの人でしたっけ?」

 

 絵理と将輝は接点がないようだった。

 

「そう。そしたら、それは幽霊なんじゃないかって」

 

「はぁ」

 

「残念そうなリアクションをするなよ。俺の存在が否定されてるみたいじゃないか」

 

「……う、ん」

 

 まぁ仕方ないのかもしれない。

 

「仮説として考えてくれよ。だったら受け入れやすいだろ?」

 

「まぁ。先輩の言っていること、半分以上よくわかってないですけど」

 

「おっけー。おっけー。それでいいよ。そんで、そいつが幽霊だとしたら、どこに現れるかわからない。俺一人じゃ無理だから、博人たちに手伝ってもらおうかと思っていたんだけどさ、ちょうどいいから、お前も手伝ってくれよ」

 

 「えーーっ」と嫌そうな面倒くさそうな返事が返ってきた。俺がしつこくお願いすると、「仕方ないですね」と渋々了承してくれた。

 

「でも、当てはあるんですか? 幽霊ですよ?」

 

 俺もそう言われると全く自信はなかった。

 

「とりあえず、露店があるような場所を手当たり次第だ」

 

「え~まじですか~? 先輩絶対舐めてますよね?」

 

「いや、俺は本気だぞ。俺はもう終わりにしたいんだ」

 

「なんだかわかりませんけど、わかりましたよ」

 

 絵理は渋々返事をした。

 

「俺と初めて出会った時は、すげー慕ってきたのにな」

 

「はぁ~!」

 

 語尾が上がっていた。ふざけんなとでも言いたそうだった。

 

「だからさ、俺はお前を死なせたくないとその時思ったんだ。もちろん博人達もな」

 

「え? 何を言ってるんですか。そんな恥ずかしい事よく言えますね」

 

 ちょっと照れたようだった。絵理の言う通り、俺にしては臭すぎる言葉だと思ったが。

 

「それでいつ行くんですか?」

 

「土曜日にしようと思う。さすがに学校を休ませるわけには行かないからな」

 

「そうですね。誰かさんと違って、私は親に怒られますからね。時間と場所が決まったら教えてくださいよ」

 

「わかった。また連絡するよ」

 

 俺がそう言うと、絵理は「はいはい」とだけ、返事をして電話を切った。

 

 それから俺は、博人と麻美、それに将輝にも電話をして事情を説明し、協力を頼んだ。将輝は「おっけー」の一言で引き受けてくれたが、他の2人はあーだこーだ愚痴をいいながらも快く引き受けてくれた。

 


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